エピソード
1979年の日本劇場|日劇で行われたゴジラ大全集(東宝特撮日替わり上映)の際、館外に陳列されていたディスプレイ用ゴジラを盗んだことがある。狭いアパートのゴジラは、大層邪魔だっという。なお、このエピソードは「ゴジラの運搬」として漫画化されている。なお、1991年に名古屋の東宝中部支社でゴジラのぬいぐるみの盗難事件がおきた際、みうらは12年前の犯人だったことを告白し、「僕も返すから、盗んだ君も返したほうがいいよ」と、ゴジラを東宝に返却した。
1993年EXテレビに出演した際「関西では女性器|おめっこっていうのは駄目なんですけど」と言ってしまいスタジオ内が一時騒然としていた(尚、この時はつボイノリオの金太の大冒険がテレビで初オンエアされたときだった)。森脇健児に「これ全国ネットですよ」と言われると「これ東京ディズニーチャンネルかと思った」ととぼけていた。
ジャッキー・チェンが来日した際に、シャレでダッチワイフをプレゼントしてジャッキーを本気で怒らせたことがある。
フジテレびーびーのインタビュー企画「斉藤舞子のこの人にあってみました」にゲスト出演した際、斉藤アナウンサーに假屋崎省吾と間違われ、訂正できないまま最後まで假屋崎になりきってインタビューを受けたことがある。しかし途中で斉藤アナウンサーに「みうらさんですよね?」と何度か聞かれても自分で「假屋崎ですよ」と言っていた。
かつて番組を持っていたラジオ局J-WAVEから出入り禁止にされている。これは番組内でJ-WAVEの社風に合わない度を超した下ネタをやり続けた事がJ-WAVE内で問題となっていたが、共演者の安斎肇は番組が終了してからもJ-WAVEの他の番組にゲスト出演するなど、みうらだけが出入り禁止にされた事を考えると、みうら個人とJ-WAVE上層部との衝突があったのではないかと推測される。
2006年に海外のテレビ局の取材を受けたが彼らがみうらをアニメやメイド喫茶等のアキバ系サブカルチャーの権威と勘違いしていたらしく、出身地(京都)にメイドカフェは何件あるのか、とかアキハバラにはよく行くのか(本人はまったく行かない)、とかどんな(アニメ)作品が好きか、などと質問されその方面に興味がない為に全く噛み合わなかった。
本名が「三浦鈍」と誤植されたことがある。VOWの変読コーナーを担当したときはこれを逆にネタとして「三浦鈍(みうら どん)」と名乗っていた。
思春期に男子校に通っていたこともあり、若い時代はまったく女性との交際はなかった。その反動からか、有名になってからは盛んに女性とやりまくり、1990年代前半に刊行されていた、サブカル文化人によるコピー同人誌『PAPERS』に、「カーツ佐藤」こと佐藤克之(近年はカーツさとうと表記)と「やりまくり内容」を連載していた。のちに、その一部は『やりにげ』として刊行された。
みうらじゅん / 来歴 / 人物 / マイブーム / みうらじゅん賞 / エピソード / 評価、影響について / 主な作品 / 主な開催イベント / 展覧会 / 主な出演番組 / 出演映画 / 関連項目 / 外部リンク
幼少の頃から、怪獣、仏像、エロ、の三大スクラップブックを作成している。 一説によれば崩れ脱線した澁澤龍彦を目指しているらしい。(サングラス、博覧強記等) また初期デザイン「なんぎなうし」やかえるのキャラクター、蛙顔のいとうせいこう(見仏記イラスト)、とんまつりジャパン、などにスカしたエロティシズムが感じられ、エロに対する深いこだわりが伺える。 マイブーム(m...