日本文学におけるパロディ
日本の和歌では、過去の有名な本歌の存在を踏まえた上で新たな歌を詠み上げる本歌取りの技法がある。有名な例を挙げれば、新古今和歌集の藤原定家の歌
駒とめて袖うちはらふかげもなし佐野のわたりの雪の夕ぐれ
は、万葉集にある
苦しくも降りくる雨か神の崎狭野の渡りに家もあらなくに
を本歌として取り込んでいる。この本歌取りでは、本歌の雨が雪に置き換えられるのと同時に、突然の雨に困惑している旅人の心境が、一面の雪景色という幻想的な情景に置換されている。誹諧歌では古典や時事風俗に対する諧謔を詠み込んだ狂歌があり、江戸時代天明期に大きく流行した。宿屋飯盛の
歌よみは下手こそよけれあめつちの動き出してたまるものかは
は、古今和歌集の仮名序「ちからをもいれずして、あめつちをうごかし」のくだりを茶化した狂歌である。天明期を代表する狂歌師として、他に大田南畝(蜀山人)が知られている。
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